タッチフォーカスは予想外の商品消費者の欲求がよく見えています
突然ですが、「インサイト」というマーケティング用語があります。消費者は自分のほしいものを実は意識できていないし、言葉にもできません。だからこそ、心の“水面下”に隠れた欲求のスイッチ(インサイト)を捉え、消費者が思ってもいなかった商品を出すことが重要です。それが果たせれば、消費者は「そうそう、これです!」と膝を打つ、という話。
なんで「インサイト」という用語を思い出したかといえば、今回ご紹介する「タッチフォーカス」という商品が、まさにインサイトを捉え切った存在と感じられるからです。
商品ジャーナリスト
北村森氏
『日経トレンディ』編集長を経て2008年に独立。NHKラジオ第1「Nらじ」にレギュラー出演するなど、数々の商品テストや分析に携わる毎日。著書の『途中下車』は、同タイトルにて2014年12月にNHK総合で放送された。サイバー大学IT総合学部教授。
べらぼうに高い25万円を自腹買い!それには2つの理由がありました
三井化学が2月に発売した世界初を謳う遠近両用メガネ「タッチフォーカス」。これまでの遠近両用メガネって、レンズの下部分に境目があるので、何というか、おっさん臭かった印象。
私は立派な老眼ですが、老眼鏡の購入を考えたことなど一度もありませんでした。でも、「タッチフォーカス」は自腹買い。なぜか。それはレンズの境目はよほど注意深く見られない限り、外からはわからない構造になっているからです。
三井化学
タッチフォーカス
実勢価格:25万円
充電時間:約4時間
連続駆動時間:10時間(リーディングゾーンON時)
充電方式:USBチャージ
レンズ構成:9層
製造:日本
取り扱い店舗:日本橋三越本店ほか全国14カ所
現在フレームは20種で、すべて樹脂製。電圧をかける仕組みであることから絶縁処理が必要で、メタルフレームは現在開発途上。ただし、間もなく登場するかもしれません。
危険回避できるタッチフォーカスこれぞ世界初のレンズの恩恵です
世界初なのはどこかを説明すると、下の画像のテンプル(つる)に備わる六角形に見える小さなタッチセンサーに触れると、レンズの液晶部分に電圧がかかって屈折率が変わり、ほぼ瞬時に老眼モードとなります。
戻したければ、再びタッチ。タイムラグはほぼありません。これが世界初と謳うところです。
テンプルの先端に小さなニッケル水素電池が入っていて、USBコネクタ経由で充電します。通常使用であれば、フル充電で10日~2週間はもちます。連続使用だと10時間ほど。
この世界初のレンズの恩恵は二つ。まず、前述のようにスタイリッシュであること。
もう一つはもっと切実な点にあります。従来の遠近両用メガネ、時によっては危ないんです。常にレンズの下部が老眼用なので、階段や坂道で、視線の下がぼやけてしまって足元が見えづらくなってしまいます。
その点、タッチフォーカスは、老眼モードに入れなければ、ただの近眼用メガネ(レンズ全体が近眼対応モードの状態)ですから、そのような危険性を回避できます。
三井化学はこの技術をモノにするまで10年かかり、開発連携していた他社が手を引くなかで、最後は意地でタッチフォーカスを作り上げました。「老眼鏡」という、仕方なく買う類いの商品分野で、進んで入手したくなる(=自慢したくなる)商品を出せたのは、とても意義あることだと感じます。
気になるのはレンズの境目と価格。万人向けではないが評価すべきです
しかし、気になる点もあります。まず、周囲からはレンズの境目はわからないけれど、掛けている本人には境目が当然認識されます。視線に入ると、ものが少々見えづらいのがちょっと気になったところ。
それと価格です。フレーム込みで税別25万円。これまでの最上級の遠近両用メガネとほぼ同等とはいえ、震える水準ではあります。万人向けとは言えません。それでも……この商品は評価したいなあ。
10年の歳月をかけて「仕方なく買う」からの脱却を果たせたタッチフォーカス。価格はべらぼうに高いですが、うまく消費者のインサイトを捉えたところは評価に値します。